牧野ゆりかさん/何もない国だからこそ、いろんなことを気づかせてくれる。

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牧野ゆりかさん

長野県出身。
高校卒業後、上京。株式会社芝山みよか美容室に入社、スタイリストとして上野店に勤務する。
社員旅行で訪れたハワイが気に入り、グリーンカード取得のため退職し渡米。
ニューヨークで日本人経営の美容院に就職、同店で15年以上勤めた。
2010年に知り合った在米ペルー人の恋人と共に渡秘、リマにて結婚。
現在ペルー唯一の日本人スタイリストとして首都リマで活躍中。

 

「まだ何も始めていないのに、ここで辞めちゃダメだ」って思った。

 

ゆりかさんが美容師になったきっかけを教えてください。

高校のころ、進路についてどうしようか迷っていたんですよね。
私は5人兄弟の次女で、実家の経済状況からみても進学は難しいと思っていたし。
それで父の知人の紹介で、上野松坂屋のシバヤマ美容室に入社したんです。
普通は高校卒業後専門学校に通って美容師の国家資格を取るんですが、ぎりぎりまで進路を決められなかったので「先に就職しちゃえ」と。
そこで働きながら夜間の専門学校に通い始めました。
ただ日中働いて夜学校というのは体力的にきつくて続かなかったので、途中で通信教育に変えてもらいました。
アシスタントとして実務を経験しながら通信講座で資格を取り、スタイリストになりました。

 

途中で美容師を辞めたいと思ったことはなかったですか?

東京の水が合わなかったのか、入社後すぐに手が被れてしまったんです。
いつも手が濡れている状態だし、薬剤も使いますしね。
それで病院に行ったら「美容師を辞めないと治らない」って言われて。
でも「ここで辞めたらちょっとなぁ」っていう気持ちがありました。
「まだ何も始めていないのに辞めちゃダメだ」って。
両手に包帯をぐるぐる巻いている状態だったので掃除くらいしかできませんでしたが、漢方薬と食事療法を続けていくうちにだんだん良くなっていきました。
スタイリストになってからはお客様もついたし上司にも可愛がられたし、仕事は楽しかったです。
シバヤマは株式会社ということもあって、お給料や待遇も比較的よかったですしね。

 

仕事にも職場にも恵まれていたのに、どうして海外へ出ようと思ったんですか?

スタイリストとして何年か経った頃、少し仕事に飽き始めていました。
日本のお客様はみんな、「(今流行りの)この髪型にしてくれ」っておっしゃるんですよね。
私はみんな同じじゃないほうがいいと思ってあれこれ提案するんですが、それでも「いえ、これにしてください」って。
アイデアを出しても拒否されるし、お客様のニーズに応えるばかりでつまらなかった。
それで「外に出たいな、海外の美容事情を知りたいな」って思っていたんです。

そんな時に、3年連続で海外に行く機会に恵まれました。ヨーロッパに2回、そして3回目はハワイへ。
これは私が勤めていた上野店が全店で売り上げ一番になったことへのご褒美旅行なんですが、そのハワイがすごく気に入ったんです。
常夏で明るくて日本語交じりの英語でも通じるし、とにかくいいな、ここに住みたいなと。
で、色々調べてみたら「ハワイに住むにはビザが必要、ビザを取得するためにはまずアメリカ本土に行かなきゃ」ってなったんです。

ハワイ旅行の後、同じように海外に興味を持っていた友人と一緒にニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコへ下見に行きました。
ロスが気に入ったんですが車がないと不便だったので、交通の便もよくて日本人経営の美容院が多いニューヨークに決めました。


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