トラン芳子(旧姓 徳増)さん/シドニーのトップ進学校で日本語を教える女性アシスタントティーチャー ~日本の文化、言葉を心の底から教えたい~

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トラン芳子(旧姓 徳増)さん

大阪府大阪市出身
学生時代は、小さい頃から大学卒業まで両親の影響で卓球に打ち込む。
高校選抜大会団体戦で優勝。国体にも大阪代表で出場する経歴を持つ。
京都の私立大学で産業社会学を専攻。
大学卒業後は、都銀、市役所で働くものの、もっと打ち込める環境に身を置きたいと、オ
ーストラリアのシドニーへ渡豪を決意。
お土産物店でアルバイトをする傍ら、英語学校やビジネス学校で語学習得に励む。
ビジネスカレッジを卒業後は4年ほど現地の日系銀行に勤め、コーポレートアシスタントとして課長と営業職マネージャーのサポート兼 秘書の代行業務を担う。
退社後は日系ウェブサイトで見つけた“日本語教師”に興味を持ち、日本語塾に転職。
育児、仕事をする傍ら、夜中に毎晩2-3時間勉強をする日々が続く。
努力が実ることになり、現在はニューサウスウェールズ州でもトップクラスのエリート校でAssistant teacherを任され、各学年のクラスにアシスタントとして入ったり、9年生(日本でいう中学3年生)の1クラス担任も担うまでになる。
また、空いた時間を利用してプライベートの日本語家庭教師もするなど精力的に活動している。

自分が本気で打ち込める新たなフィールドを求めて

 

学生時代は卓球で全国大会優勝と凄い経歴ですね!

高校3年間は年間360日毎日6時間練習をしていました。
一つのことにとことん打ち込めた生活でしたので、とても充実していました。
また、中学生の時に初めて中国に卓球のトレーニングに訪ました。
そこで出来た現地人の友達と英語で文通をしたりと英語に触れる機会が比較的多かったです。

大学卒業後はどのような進路を歩まれたのですか

大学卒業後は11年間続けていた卓球をやめて、それまでと全く違う分野の金融業に就職しました。
長年打ち込んでいたことを急にやめたせいか喪失感を感じ始めました。
そこで、都銀での仕事をしたり転職先の市役所で仕事をしたりしながら次に打ち込めるものを模索していたんです。
実際に日本での就職中も自分の生活に物足りなさを感じていたんです。
その時にワーキングホリデーのことを知りました。
かねてより興味があった英語をもっと勉強したいと強く思うようになり、「英語環境に自分の身を置かないと上達できない!」と思ったんです。
そして海外に行く決意をし、早速留学エージェントに連絡しました。
結果、オーストラリアに決めました。

オーストラリアに決められた理由は何ですか

ワーキングホリデービザが使える数ある国々の中でも、オーストラリアの気候や大自然やのんびりしたイメージが気に入ったのが一番です。
消去法でしたが、そのイメージがありオーストラリアを選びました。
そして、オーストラリアの中ではシドニーが一番都会だということで、いろんな意味での“機会”が溢れているだろうと思い、シドニーを選びました。
そして、高校の大先輩でシドニー在住の方がいたので何年ぶりかに連絡をとり、渡豪についてのアドバイスを頂きました。
また、卓球の知り合いを通じてシドニー在住の卓球コーチを紹介して頂いたりしました。
知り合いと言える人を見つけてから日本から旅立つことが出来ました。

シドニーではどのような生活を送られたのですか

シドニーに着いてからは、日本語を話せる人を募集していた韓国人オーナーのお土産物店でアルバイトをしながら英語学校やビジネス学校に通いました。
また、休日は現地の人と卓球のトレーニングが出来たおかげで、24時間頭の英語スイッチをOnにすることができました。
そして英語が思いのほか早く上達でき、ビジネスカレッジを卒業後、日本での職業経験も活かして日系の銀行に現地就職することができました。


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