山田志保さん/シドニーでお寿司を握る、女性寿司職人
~120%の想いを1皿へ~

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山田志保さん

北海道札幌市出身。
大学進学後、健康上と経済的な理由で19歳の時に大学を中退。
その後は24歳まで地元の寿司屋で調理師として修業。
そんな中ある女性との出会いがきっかけで、シドニーへ渡豪することを決意。
3つのアルバイトを掛け持ちし、資金を貯め、いざシドニーへ。
現地の色とりどりの美しい寿司、型にハマらないスタイルと“海外スタイルに進化した寿司”の魅力と可能性に夢中になる。
そして現在、モダン・オーストラリアスタイル・ジャパニーズ寿司レストランにて、寿司の付け場を担当。日本人職人として米炊きからネタ打ち、握りまで、数々の重要な仕事を担う。
お客様にご提供する1皿1皿に全力投球し、日々 奮闘している。

「お寿司」に魅せられ、「お寿司」に生きる

 

お寿司屋さんで働かれていたとのことですが、どのような経緯があったのでしょうか

恥ずかしながら、幼少期からあまり裕福な家庭ではなかったんです。
普通科の高校に通っていましたが、その学費と部活に掛かる費用を賄うために始めたアルバイトがお寿司屋さんでのキッチン補助でした。
大学に進学後も同じ理由でアルバイトとしてしばらく続けていましたが、健康上と経済的な理由で19歳の時に大学を中退しました。
若い頃に苦労をすべきだとよく云いますが、心身共に体調を崩し一気に白髪が目立つ程でとても大変な時期でした。
ですが、そんな時に私を奮い立たせてくれたのが”寿司”の魅力だったんです。
お米を洗い、魚を下ろすところから握るまでのお客様にお出しするまでの工程でなに一つとして上手くいかなかったんです。
ですが、日に日に1mmずつでも進歩していることを確信できていました。
そんな毎日が続き、 気がつけば のめり込んでいました。
その頃からフルタイムで働き始め 今に至ります。

海外へ行こうと思った きっかけは何だったのでしょうか

24歳まで地元の寿司屋(回転寿司を含む)で調理師として働いていました。
“女性で寿司をやっている調理師”となると やはり地元でも珍しく、職場で出会う先輩やお客様に『今は海外が流行ってる時代だから 外国に行ってやってみなよ!』とアドバイスをもらう事が何度もあったんです。
ですが、当時は全く英語も喋れず 憧れはあるけれど私とは無縁の世界だ と半ば諦めていました。
もちろん もっともっと調理師として成長し続けたいというのが前提です。
自分の職業を愛していますし、今の職業から離れたくない という気持ちは強くありました。かといって日本でこの先 調理師としてやり続けていったとして“30歳 40歳になった時の自分”というのを 全く想像できないままでいました。
大した理想や具体的な目標も見つけられずに ただ毎日仕事をこなす 消化試合のような日々が長く続きました。
そんなある日、幼馴染の友人達と会っていた時に1人の女性を紹介してくれたんです。


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