栗原孝介さん/この想い「天」まで届け!アジアNo,1を狙う高級日本食レストランサービスマネージャー

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栗原孝介さん

福岡県北九州市出身。
高校卒業後、両親の影響もあり新潟県妙高市にある全日本ウィンタースポーツ専門学校(JWSC)に進学しトップスキーヤーを目指す。
全日本スキー連盟公認パトロールにも合格。
卒業後は夏場は塗装業、冬場は資格を活かし北海道にてスキーパトロールの仕事に従事。
25歳の時、長野県にてスキーインストラクターをしながら再度選手としてプロスキーヤーに挑戦するも引退を表明。
引退後は以前より興味があったサーフィンを本格的に出来る場所を仕事場にしようと、伊豆へ。
伊豆の各ホテルにてウェイターを経験したのち、世界のサーフィンカントリー、オーストラリアへ。
現地ではワーキングホリデーを通してウェイター、農業、ホテルと様々な仕事に携わる。
2年間のワーホリ期間終了後は友人の紹介でマレーシアの高級日本食レストラン「天」に就職。様々な国籍が蠢く中、文化理解に励み努力し続けた結果、現在ではサービスマネージャーを任されるまでに。
従業員の教育、ホールの全体管理など重要な立場につき、店の根幹部分を担っている。
「天」をアジアNo,1の店にすべく日々闘志を燃やし奮闘している。

仕事場と趣味をリンクさせる!これがMy Living Way!

 

スキーを本格的にやられていたとお聞きしていますが、どのようなきっかけがあったのでしょうか?

父親がもともとスキーのインストラクターをやっていたんです。
出身は九州なんですけど、5歳からスキーをやっていました。笑
なので自分も自然と選手としてスキーに携わることになっていきました。
高校卒業後は新潟県妙高市にある全日本ウィンタースポーツ専門学校(JWSC)に進学しトップスキーヤーを目指して毎日励んでいました。
また全日本スキー連盟公認パトロールにも合格したので、卒業後はその資格を活かして就職先として北海道の会社に入りスキーパトロールの仕事をしました。
レスキュー隊のような感じです。そういうのは大好きなんです。笑

人助けして感謝される。大変好きな仕事でした。
ただ、スキーはシーズンものなので会社の経営状況もあまり良くなかったみたいです。
そこで仕事を転々と探していきました。
西武がスキー場を経営している所でパトロールの仕事があり、そこで働くことにしたんです。
夏は塗装業もやりました。スキーと塗装業の兼業です。
北海道で仕事をした後は長野県に行き再度プロスキープレーヤーを志したのですが、力及ばず選手としては引退することにしました。
ちょうど25歳の時です。
その後は、派遣会社を利用し静岡県の伊豆に移り、ホテルでフレンチ・和食・ヴュッフェウェイターとして3年ほど働きました。

でも一体なぜところ変わって、伊豆で働くことにしたのでしょうか

実は前から「サーフィンを本格的にやりたい!」と思っていたんです。
スキーをやっていた頃は海とかけ離れた生活をしていたので、サーフィンに対する想いが次第に募っていったのもあります。
言っても趣味の範囲ですが、「サーフィンが直ぐに出来る環境で仕事をしたい!」と思ったんです。
サーフィンってできるとかっこいいですよね。
あの頃は特にモテたかったんです。笑

男として大切な視点だと思います!笑 一方仕事はいかがでしたか

趣味を楽しみながら仕事をやるのが自分流の生き方だったんです。
時間があればボードを持って仕事前後にサーフィンに行きました。
まさにサーフィン三昧の生活を送っていました。
また、やりたいことをやっていた生活だったので良く人には羨まれましたね。
仕事に関しては、夏はハイシーズンなので毎日混んでいました。
色々と大変な面はありましたがとても充実していましたよ。
また、働いている最中、結構外国から観光で来られる方が散見されるんです。
そんな外国人を見て「英語が話せるようになりたい!もし話せていたら世界が広がるんだろうな。」って思っていたんです。
そんなことを思っていたら、オーストラリアに行きたくなりまして。笑
ワーキングホリデーを本格的に考えてみようと思ったんです。


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